飛行船と宮崎アニメと | 科学技術の方向に間違いはないのか?

1月22日の今日は
飛行船の日とありまして
過去の科学が思われます

宮崎駿ファンであるゆえか
今の科学の行く末を
思う場面がままあります

科学技術は便利さを
どんどん追及していますが
その精神は空っぽで
空虚なものと思えるのは
私ばかりのことでしょうか

例えば宮崎アニメでは
空を飛行することが多く
ずっと気になっていましたが
長い月日が経つ内に
宮崎駿の考えが
少し分かった気もします

まず「風の谷のナウシカ」は
出発点の作品で
宮崎駿自身により
コミックになっているのですが
中のナウシカのつぶやきが
記憶に残っているのです
彼女は飛行の名手であり
グライダーでもジェット機でも
乗りこなしている訳ですが
こんな言葉がありました
ジェット機というのは醜いと
ふと感慨を漏らすのです
彼女が一番好きなのは
かのグライダーのメーヴェであり
メーヴェは風に乗るのだがジェット機は風をつんざくので
好きではないと言うのです
実際アニメを見ていても
メーヴェの飛行シーンほど彼女に相応しいものはなく
感慨深く思うのです

それというのもジェット機は
速く飛行をしたいという
思いで出来たものでしょうが
人の最初の願望は
スピード追及などにはなく
効率的なものでもなく
空を飛ぶ鳥に憧れた
うぶなものかとも思うのです

それから次の「ラピタ」では
昆虫たちの飛行に似た
まことに不思議な飛行物が
目を楽しませてくれますが
これもジェット機やロケットとは
別の代物に見えるのです

それから「魔女の宅急便」
原作のある物語で
魔女なら箒が当たり前で
どうということもないけれど
なぜこの童話が企画され
宮崎アニメになったのか
そのいきさつは気になります
そしてアニメの後半では
なんと自転車を改造して
空を飛ぼうとする少年に
果ては飛行船に熱をあげる
群衆たちが現れて
今とは大分ちがっている
昔の気分が伺われ
楽しい気持になるのです

今の科学の方向は
先へ先へと進むようで
それも研究の宿命で
自然なことでもありましょうが
出発点に立ち返り
人類はどこに向かうのかと考えてみる瞬間が
度々あって然るべきだと
素人の身ではあるものの
色々思った次第です

1月22日の今日は
飛行船の日とありました
それは日本で初めての
飛行記念というのですが
私は宮崎アニメとか
そしてヴェルヌの小説とか
様々なことが連想され
考えたというわけなのです

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