脳死でも痛みはあり、臓器移植は殺人です!

1月12日は、日本医師会で脳死を人の死と認めた日だそうです。

けれど、人間の体の機能は、脳だけに支配されている訳ではない、というのも、よく知られていますね。

つまり体のかなり多くの部分は、脳の干渉に関係なく動いています。

一番の代表は心臓で、ここには古来から「心」が宿るとも言われ、人間存在の1つのセーターのようにも考えられて来ました。

心臓がドキドキしたりするのも、脳とは別の働きによるという見方があって、あながち間違った考えとも言えない気がします。

そして、神経全般に関しても同様なことは言えそうです。
タイトルにも書いた事が言える訳で、神経が働いているならば、痛覚も鮮やかに存在する筈なのです。

例え脳死になっても、独自に神経は働いているという考え方はずっとあった訳です。

その考え方は、人間は肉体だけではない事を実証してきた、いわゆる心霊科学によっても、ますます裏付けられて来ています。

もちろん、こういう話に
至れば議論は大いに分かれる事でしょう。

人間は肉体が全てだと硬く信じている人ならば、いっさい受け入れ難いことかも知れません。
ただ、まずは、そういう見方もあるのかと思って頂きたいのです。

例えば「幽体離脱」と言われている事実があります。
この時は人は肉体から離れた霊魂になり、その霊魂の方で物事を認識する訳です。

幽体離脱をしている時、幽体と肉体とは完全に離れているのではありません。
霊糸線(またの名は「シルバーコード」)という、霊的なヒモによって繋がっていて、それが自分でも分かるのです。

この状態は、脳死になった人も同じです。人間の本質である霊魂は、まだ肉体から離れてはいません。まだ死んではいないのです。

人間の死とは、この霊糸口線が切れた瞬間なのだと、多くの霊感のある人が報告しています。

では、この霊糸線がまだ繋がっている状態とはどんなものかという事です。
それは前にも書いた通りで、明らかに痛覚は存在していると思われます。そして多くの場合、肉体以外の意識もハッキリしているのです。

そんな状態で肉体を切り刻まれる人の苦痛はどんなものでしょうか。
それはもう、書くにも及ばない恐ろしい事です。

そして、そんな状態で手術されて、もうハッキリと殺されたと言える人はどうなるのでしょうか。

大半の人はその苦痛の感覚が忘れられずに、肉体が無くなっているにもかかわらず、肉体も肉体の苦痛もまだあるような錯覚に陥り、あの世で長く苦しんでいるようだと聞いています。

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